修論執筆を振り返って
松永梨沙(2018年3月)
修士論文タイトル 中学校教師における怒りの感じやすさと表出に関する研究

【どうしてこれに着目したのか】

(1)きっかけと疑問
 2012年、教師からの体罰を苦に、高校の生徒が自死するという事件がありました。私自身も中学校教師としてこれまで運動部の顧問をしてきましたが、教師の指導や暴力が原因で生徒が死に至るということは非常にショッキングな出来事でした。
 しかし、教師の体罰が世間でこれだけ大きく取り上げられているにも関わらず、体罰での懲戒処分を受けた教員の数はさほど減ってはいません。そのことに疑問を持ち、教師による体罰事案が今でもなお全国的に見られるのは、体罰を行った教師が単に「怒りやすい教師だから」と、問題を個人化している危険があるのではないか、一個人のパーソナリティや認知の問題でなく、「教師」という職業に共通するものがあるのではないか、と考えるようになりました。

(2)「イラショナル・ビリーフ」との出会い
 その時に出会ったのが「ビリーフ」という概念でした。「ビリーフ」とは人が感情をもったり、行動を起こしたりするときにもつ思考(信念・価値観)であり、「できるなら〜であることにこしたことはない」という「ラショナル・ビリーフ」と、「〜でなければならない」という「イナショナル・ビリーフ」の二つがあります。
 先行文献を読み進める中で、教師には教師文化の影響を受けた「教師特有のビリーフ」が存在する(河村,2000)ということを知りました。教師には教師特有の児童生徒認知や教師期待、それに相応する指導行動・態度があり、教師文化の中にいる教師たちには自らの指導や価値観の特有さが見えにくくなっていると考えられています。特に、「〜でなければならない」、「〜するべきだ」というイラショナル・ビリーフは、教師が怒り感情を抱く原因になり得るのではないかと考えました。
 また、体罰という“行為”に着目をするのではなく、その行為を引き起こしている怒りの“感情”を心理学の分野で広く見ていってはどうかと中間先生からご助言頂き、それ以降、怒りに着目をするようになりました。(当時、「松永さん(のテーマ)はやっぱり“怒り”よ!」と先生から言われたのが、印象的でした(笑)。)

(3)「教師の怒り」とその要因
 怒りについての先行研究を読み進めるうちに、「怒りの捉え方は様々で、分野によってアプローチの仕方が異なること」、また「教師の怒りに関する研究がほとんどない」ということが分かりました。そこで、怒りを「感じやすさ」と「表出」に分けて着目しようということになりました。
 また、怒りは医学的に精神疾患と関連させて研究されています。そこで、教師の怒りに影響を与えている要因が、ビリーフやパーソナリティだけでなく、メンタルヘルスや多忙、労働環境なども考えられるのではないかと思いました。


【苦労したこと】

(1)テーマの選定
 イラショナル・ビリーフ、権威主義、評価懸念、認知のズレ、攻撃性、怒り感情、部活動、体罰、職業アイデンティティ、ストレス、自己効力感、バーンアウト、居場所、教師レジリエンス、PM理論、自己決定、教師認知、信頼感、叱り言葉、統制、規範意識、透明性錯覚…

 これらは、私がテーマを定めるまでに読んできた数々の文献テーマです。周りの方々が着々と研究を進めていく中で、一人黙々と文献を読み続けるのは、本当に苦しかったです。薄暗いトンネルの中をずっとさまよい続けている感覚でした。
 しかし、遠回りをした分、テーマが決まったときの喜びはとてつもなく大きなものでした。また、膨大な文献を読むことで、問いも深めることができ、自分が本当にやりたいテーマにたどり着けたと実感しています。

(2)統計処理
 テーマが定まった後、実際の調査へと研究は進んでいきます。私は教員対象の量的研究だったため、多忙な中学校の先生方にアンケート調査をお願いするのは夏休みしかないと考えていました。配付日から逆算して、学校への説明や依頼、質問紙の作成・印刷、尺度の選定など、もちろん忙しかったです。しかし、現場の先生方や中間先生、同じコースの友人たちに助けられ、何とか乗り切れました。
 しかし、そのあとのデータ化と統計処理は、知識がない分、とても手こずりました。Excelでのデータセットの作成に1カ月、SPSSでの統計処理には2〜3か月ほどかかりました。統計の知識ももちろん大切ですが、自らの研究で統計処理に入る前に、実際にSPSSを操作しておくべきだったと後になって痛感しました。量的研究をされる方は、M1の時にSPSSを使って追試を行うことをお勧めします。

【執筆して自分なりに満足していること】

「自分のやりたいテーマをとことん追求できた」
 これに尽きます。自分のやりたいテーマまで導いてくださって、中間先生には本当に感謝しています。苦しいことはたくさんありましたが、統計を行ったあと、結果を見ながら先生と話をすることがとても楽しかったです。とても有意義な時間であり、研究の面白さを初めて知ったように思います。そのように感じることができたのも、自分が追究したいテーマに出会えたからだと思っています。

【後輩へのメッセージ】

「研究」、「心理学」が初めての方へ 〜徒然なるままに〜

〇「心理学」の入門書を読み、心理学とはどのような学問なのか大まかに知る
 …私は最初、自分のイメージの心理学と学問としての心理学にかなりのギャップがありました。心理学研究を行う上で、また、基本的用語の意味も理解する必要があります。
〇量的研究と質的研究の違いを理解する
 …こんなことも最初は区別がつかなかったです。
〇研究ノートを作る
 …私は研究が本格的になって研究ノートを作成しましたが、もっと早い段階で作るべきでした。それでも、びっしり書いたA4サイズのノートは10冊を超えました。とにかく、メモをしておくと、後で自分の力になります。
〇M1の間に、質問紙作成し、調査を取り終える

 …統計処理や執筆のことも考えると、調査を行うのがM2では遅いと感じました。とにかく、計画を立て、早めに調査を行うことをお勧めします。
〇たくさんの人とつながる
 …大学院生活でたくさんの人と出会いました。コースの内外における人との出会いは、私の財産です。

 これから研究される皆様にとって、有意義な大学院生活になりますよう、お祈りしています。


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