修論執筆を振り返って
高橋 麻子(2022年3月)
修士論文タイトル 中年期に日本語教師職を選択した女性3名のキャリアテーマ
―異なるライフコースにおける構築の様相―

【どうしてこれに着目したか】

 私は日本語学校に勤める中で、講師間の同僚性の低さや、それに伴う閉塞感を改善するにはどうすればいいか、という漠然とした問題意識を持っていました。M1の頃は、小中高などの学校や企業などの新人育成についての文献にヒントがあるのではと思っていましたが、なかなか日本語学校の参考になるものがありませんでした。なぜなら、日本語学校の組織構造が正社員や年功序列を中心とするものではないからです。それに気づいたとき、いったん私の研究は先が見えずに行き詰りました。
 ですが、見方を変えてみると、日本語学校のような非常勤が中心の組織形態は、終身雇用制度が崩壊し、また人生100年時代といわれる現代において、今後増加していくと思われます。ある意味、日本語学校業界で働く人は、不安定な雇用の中でもキャリアを築いているという意味で、時代の先頭の方にいるとも言えます。そして、ここから私は日本語学校に「中高年女性の新人講師」が多いことに注目するようになり、研究のテーマを中高年女性のキャリア発達、「中高年は何を求めて日本語学校に入ってくるのか」というものに定めました。

【苦労したこと】

 一言で言えば全てです(笑)。が、その中でも特にあげるとするなら、(1)問題意識を明確にすること、(2)自分が頭の中で考えていることを文章化すること、です。
 (1)については、漠然とした問題意識はあっても、修論のテーマになるところまでくっきりさせるのには私の場合、かなり時間がかかりました。今は参考文献も手に入りやすい時代で、それはとても良いことなのですが、その分、私のような問題意識がはっきりしない者にとっては、闇雲にいろいろ見過ぎると問題意識が定まるどころかアメーバのようにヌワーと広がっていく感覚でした。
 (2)については、自分の考えをゼミではすーっと話せるのだけれど、それをいざ文字にしようとすると手が止まってしまう、ということが度々ありました。自分の語彙量の少なさを痛感しました。

【執筆を終えて満足していること】

 ゼミでは、中間先生から修論作成にあたってたくさんの種をいただきました。しかも私の理解度を見ながら、何度も同じことを色々な方向から投げていただいていたと思います。それに気づきながらも文章が書けない日々でしたが、12月あたりの提出直前になって、修論を書いている時に、それまで中間先生が言われていたことがすっと腑に落ちて書き進めることができる時間がありました。修論作成の多くの時間は正直苦しいものでしたが、短い時間でも、素直に書くことに没頭する時間が訪れたことは、文章を書くのが苦手な私にとっては驚きとともに喜びでした。このような時間が提出直前でなくて、もっと早く訪れてほしかったとも思いますが、それが私なのだと苦笑いしながら納得しています。

【後輩へのメッセージ】

 修論作成は時間的にも精神的にも追い込まれる状況が続きますので、仕事を持っている方は特に、時間と心身の健康の管理に気を付けてください。それから、私自身の反省として、「先生の指導に乗っていれば、どうにか書けるだろう」という甘い考えがありましたが、当たり前ですが、それでは書けません(笑)。中間先生は大変丁寧に指導してくださいますが、学生側がしっかり考えて動かなければ先へは進めません。一方で、修論を書くにもわからないことだらけで、「こんな簡単なことを聞くのは恥ずかしい」と思う人もいるかもしれませんが、先生に聞けばこちらが思った以上の情報を与えてくださいます。先生は私たちがあきらめない限り、停滞している状況も含めて並走を続けてくれます。
 中間ゼミのみなさんが「どうにかなる」と「恥ずかしい」という気持ちを早い段階で捨て去り、時々愚痴もこぼしながら、愛着の持てる修論を書き上げられることを願っております。


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